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2011年01月07日

登呂遺跡がある県は?

「吉野ケ里遺跡はどこでしょう?」考古学検定を創設 (朝日新聞より)

「吉野ケ里遺跡があるのは何県?」「三内丸山遺跡はいつの時代の大集落?」。

全国の遺跡や出土品など考古学の知識を問う「考古検定」を日本文化財保護協会(戸田哲也会長)が創設し、来年2月に入門クラスをインターネットで実施する。

来年度以降、紙の試験による初級、中級、上級、最上級のクラスを加える。「100万人の考古学」を掲げ、考古学ファンの増加を狙う。

解答は選択式で50問、制限時間は1時間で、100点満点中60点以上が合格。入門クラスはネット経由のため、参考書を広げても家族に相談してもよい。

検定料は1050円。最上級は大学院修士課程修了レベルを想定する。

問い合わせは同協会(03・6206・8766)。

1.弥生時代とは?

弥生時代とは、紀元前4〜3世紀から紀元後3世紀まで、600〜700年ほど続いた時代です。


2.弥生時代の特徴(出来事)とは?

弥生時代に、大陸から稲作が伝わりました。

その稲作で作られた米を貯蔵する為に、高床式倉庫が作られました。

そして、弥生時代と言えば『弥生式土器』を思い出されると思います。

また、弥生時代に、青銅器や鉄器の使用がはじまりましたね。

青銅器は、祭器として使用(銅鐸、銅剣、銅矛)され、鉄器は、農具や工具、そして武器として使用されました。


さらに、弥生時代には、貧富の差ができました。

それは、稲作による富の蓄積が貧富や身分の発生をもたらし、そして、有力な支配者の出現→『国』の成立という流れにつながります。


3.吉野ケ里遺跡とは?

吉野ケ里遺跡は、佐賀県にあり、弥生時代の代表的遺跡の1つです。

なお、弥生時代の遺跡としては、他に静岡県の『登呂遺跡』があります。

吉野ヶ里遺跡が紹介されている吉野ヶ里歴史公園のHPです。




二択問題:後漢の光武帝より、奴国の王が金印を授かると書かれた歴史書は?

A 漢書
B 後漢書











答えは、Bの『後漢書』です。

奴国は、北九州にあったとされる国の名前です。

光武帝(57年)から与えられた金印には『漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)』と刻まれていました。

この金印は、江戸時代に、福岡県の志賀島で発見されました。


なお、漢書には、紀元前1世紀頃に『倭は、100余国にわかれていた。』と書かれていました。(倭とは、当時の日本のことです。)







今週の確認問題!(ヒントは、このブログに掲載しています。)

Q.弥生時代はいつからいつまでなの?

Q.弥生時代に、米を貯蔵する為に建てられたものとは?

Q.吉野ケ里遺跡がある県は?

Q.登呂遺跡がある県は?

Q.光武帝(57年)から与えられた金印は、どこで発見されたの?





posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 12:46 | 歴史
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