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2012年06月15日

承久の乱以後に設置されたのは?

気分は、鎌倉武士貸衣装で寺社巡り、弓体験 (東京新聞より)

鎌倉時代の装束で神社仏閣を巡り、弓を引く体験もして鎌倉武士の気分を味わう「武家の古都」ならではのユニークなサービスを提供する衣装事業が始まった。

鎌倉市も産業振興対策として助成して後押ししている。 

開業したのは同市山ノ内の「梓想庵(しそうあん)」。JR北鎌倉駅からアジサイで知られる明月院に向かう途中にある古民家が拠点。ここで、男性なら直垂(ひたたれ)に烏帽子(えぼし)と太刀、女性なら小袖に前掛けを身に着け、鎌倉時代に“タイムスリップ”する。

衣装は、当時を再現した質素な色合い。「派手な既製品ではそぐわない」と、スタッフの又吉あけ美さん(24)の手作りだ。借りた衣装に時間制限はなく、装束のまま市内の寺社を散策することができるほか、弓を引く体験サービスもある。

代表の有本大輔さん(28)は、鎌倉武士の装束で馬を疾走させながら、矢で的を射る流鏑馬(やぶさめ)の武田流の射手(いて)。「知られていない鎌倉時代の装束を実際に体験することで武家の古都から伝統文化を発信できれば」と開業の動機を語る。

1.鎌倉幕府で御家人の統率、軍事を行うのは?

■侍所です。

・政所→政務一般
・門注所→裁判

侍所、政所、門注所は『鎌倉』に置かれ、地方には、六波羅探題、守護、地頭が置かれました。

そして、鎌倉幕府は、将軍の下に『執権』が置かれました。

『執権』ですからね。

室町幕府では、『管領』になります。

この点、間違えないようにしてくださいね。

六波羅探題は、承久の乱以後に設置されたことも要チェック事項です。


2.承久の乱はいつおこったの?

■1221年です。

承久の乱は、後鳥羽上皇が朝廷の勢力を回復させようとするための戦いです。

その時の執権は『北条泰時』です。

戦いは、源頼朝の妻、北条政子が御家人を統率し、結束させて、幕府側が勝利します。

後鳥羽上皇は、隠岐へ配流になります。

承久の乱後、朝廷の力は、弱まり、多くの荘園が没収され、御家人を地頭に置くことになり、朝廷や西日本を監督するために、『六波羅探題』を京都に置くことになります。





二択問題:徒然草を書いたのは?

A 吉田兼好
B 鴨長明











答えは、Aの『吉田兼好』です。

鴨長明は『方丈記』ですね。


今週の確認問題!(ヒントは、このブログに掲載しています。)

Q.鎌倉幕府で、将軍の下に置かれたのは?

Q.室町幕府で、将軍の下に置かれたのは?

Q.承久の乱以後に設置されたのは?

Q.承久の乱以後に設置されたのは?

Q.方丈記を書いたのは?





posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 19:34 | 歴史
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