お知らせ

「栃木・茨城・群馬に60校舎を展開する学習塾で15年間に20000人の受験生が使用し、効果を証明した教材です。」


公立高校合格必勝パック (価格:5,000円)


詳しくは、こちらから。

2011年03月25日

室町幕府が開いたのはいつ?

威風堂々、武者行列で幕開け 築上の文殊大祭26日まで(朝日新聞より)

築上町伝法寺にある正光寺の「智恵(ちえ)の文殊大祭」が25日、武者行列で幕を開けた。

威風堂々の武将や山伏、きらびやかなお姫様や女官ら50人が寺の周辺約1.5キロを練り歩いた。

鎌倉時代から戦国時代に一帯を治めた宇都宮氏をしのぶ恒例行事だ。

扮しているのは地元の世話役や上城井小学校の児童や築上西高校の生徒たち。寺に着いた一行は待ちかまえていた数百人へ餅をまいた。

大祭は26日まで。1年のうちこの2日間のみ本尊の文殊菩薩(ぼさつ)像が開帳される。

進学や就職に御利益があるとされ、寺へ寄進した参拝者には紅白のひし餅を串に刺した智恵餅が配られる。食べると知恵を授かるという。

続き(二択問題:鎌倉幕府の職制の中で、御家人の統率を行ったところは?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 20:57 | 歴史

2011年03月18日

摂関政治の全盛期はいつ頃?

平等院鳳凰堂、創建時の天井板発見 草花文様・落書きも(朝日新聞より)

世界遺産・平等院(京都府宇治市)は25日、平安時代に創建された国宝・鳳凰(ほうおう)堂の天井板1枚が、京都市内の古美術店で見つかったと発表した。

明治時代の大修理の際に流出したとみられ、約100年ぶりに手元に戻ったという。

表面には草花の文様が描かれ、仏の顔と足の「落書き」もあった。

創建当時の職人の仕事ぶりを知る手がかりになりそうだ。

天井板は長さ2.5メートル、幅30センチ、厚さ4センチのヒノキ材。

平等院によると、奈良教育大の大山明彦・准教授(絵画記録保存)が約3年前、古美術店で見つけた。

赤や青、緑の彩色が表面にわずかに残り、仏の顔と足がいずれも縦6センチ、横4センチの大きさで朱色で描かれていた。

この「落書き」は、天井に張られた格子板に隠れ、外からは見えない部分から見つかった。

続き(二択問題:藤原京を作ったのは?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 20:52 | 歴史

2011年03月11日

武断政治とは?

江戸の「新河岸川舟運」を再現 29日、4隻が舟下り(朝日新聞より)

江戸時代、物流の大動脈として江戸と川越を結んだ新河岸川舟運。

東京・日本橋の架橋100年を記念し、当時の姿が29日(悪天候の場合は30日)、「新河岸川舟行列」として再現される。

甲冑(かっちゅう)姿の鉄砲隊やお囃子(はやし)、川越城主や家老の役の人々が乗り込んだ和舟4隻が、川越市から志木市まで約10キロを下る。

川下りは、日本橋の架橋100年記念事業として4月2日、「日本橋川舟運」の姿を復活させる「日本橋 お江戸舟運まつり」の一環。

まつりを主催する「名橋『日本橋』保存会」から川越市に、新河岸川〜荒川〜隅田川を舟で下ってこられないかと打診があったのが、きっかけだった。

しかし、市などが所有するのは小型の和舟で船外機がつけられず、流れの急な本流に出るのは危険で、途中には堰(せき)もあることから断念。川越市からふじみ野市を通って志木市までを下ることにした。

当日は午前9時半、川越市下新河岸にある旭橋近くの船着き場から、川越藩火縄銃鉄砲隊を乗せた舟を先頭に、「お囃子舟」、川合善明市長らが城主や家老、町奉行姿で乗り込む「川越城主舟」、荷舟の計4隻が出発。

河岸跡をたどり、流域の市長から「親書」を受け取る。

続き(二択問題:徳川幕府3代将軍は?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 15:11 | 歴史

2011年02月25日

応仁の乱とは?

戦国武将の家紋入り切符…信長や光秀も登場へ(読売新聞より)

近江鉄道は、近江ゆかりの戦国武将を毎月1人、順に紹介する「家紋入り乗車券・入場券セット」(600円)の販売を始めた。

年内に計11人の武将のセットが売り出される。

戦国武将の家紋入りの乗車券(460円)と入場券(140円)の組み合わせで、ともに発売当日限り有効。

乗車区間や入場できる駅は毎月、変わる。武将の説明や、滋賀県内のゆかりの場所を写真付きで紹介した台紙に収められている。

毎月25日から1か月間、販売する。現在は、米原―尼子間の乗車券と、米原駅の入場券がついた浅井長政のセット。台紙には小谷城跡の写真が添えられている。

2月発売の織田信長の後、明智光秀、豊臣秀次、六角承禎(よしかた)などの武将が登場する。

米原、彦根、高宮、八日市、近江八幡、日野、貴生川各駅の窓口で販売するほか、通信販売にも応じる。問い合わせは同鉄道運輸課(0749・22・3303)。

続き(二択問題:室町幕府を開いたのは?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 08:53 | 歴史

2011年02月18日

攘夷論とは?

桂浜に龍馬・中岡慎太郎・武市半平太の像(読売新聞より)

高知市の桂浜にある坂本龍馬の銅像の両脇に、土佐勤王党の同志だった武市半平太と中岡慎太郎の像を並べるイベントが3月5日から約3か月間、開かれる。

勤王党結成150年の節目に合わせ、高知県や観光業者らが企画。県の担当者は「党を〈再結成〉し、桂浜を志士の聖地として売り出したい。

再会した3人がどんな言葉を交わすのか想像して」とPRしている。

県内全域で開催される観光イベント「志国(しこく)高知 龍馬ふるさと博」の一環。

同県須崎市に置かれている半平太、室戸市にある慎太郎の銅像をそれぞれ発泡スチロールで複製して据える。除幕式では龍馬の好物だったとされるシャモ鍋を振る舞う。

夏頃からは龍馬の銅像も複製し、3体をJR高知駅前に置く予定。

続き(二択問題:長州藩は、誰が藩主だったの?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 08:45 | 歴史

2011年02月11日

藤原京をつくったのは?

木簡の解読文字数、49に倍増…奈文研再調査で(朝日新聞より)

天智天皇の近江大津宮に関連するとみられる大津市の北大津遺跡(7世紀後半)から出土した「音義木簡」を、奈良文化財研究所が約30年ぶりに再調査したところ、解読できた文字数が、当初の約2倍の49文字に増えたことが、わかった。 

漢和辞典のように漢字の訓読みや意味を示した木簡で、情報量が増えたことによって、より詳細な研究が可能になり、日本語の音韻や漢字を使った表記の変遷をたどる上で貴重な史料になりそうだ。 

木簡(長さ68・5センチ、幅7・4センチ)は1973年度、滋賀県教委の調査で出土。同県内で初めて見つかった木簡で、同県警鑑識課が撮影した赤外線写真を使って調査した。その結果、77年に、約50文字が残り、うち26文字を解読できたことが報告された。 

続き(二択問題:藤原京をつくったのは?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 08:30 | 歴史

2011年01月07日

登呂遺跡がある県は?

「吉野ケ里遺跡はどこでしょう?」考古学検定を創設 (朝日新聞より)

「吉野ケ里遺跡があるのは何県?」「三内丸山遺跡はいつの時代の大集落?」。

全国の遺跡や出土品など考古学の知識を問う「考古検定」を日本文化財保護協会(戸田哲也会長)が創設し、来年2月に入門クラスをインターネットで実施する。

来年度以降、紙の試験による初級、中級、上級、最上級のクラスを加える。「100万人の考古学」を掲げ、考古学ファンの増加を狙う。

解答は選択式で50問、制限時間は1時間で、100点満点中60点以上が合格。入門クラスはネット経由のため、参考書を広げても家族に相談してもよい。

検定料は1050円。最上級は大学院修士課程修了レベルを想定する。

問い合わせは同協会(03・6206・8766)。

続き(二択問題:後漢の光武帝より、奴国の王が金印を授かると書かれた歴史書は?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 12:46 | 歴史

2010年12月25日

徳川家康の幼名は?

家康公検定 満点合格の3人に大賞 岡崎で表彰式(朝日新聞より)

9月に行われた「岡崎 家康公検定」の表彰式が27日、岡崎市中町6丁目の長誉館であり、100点満点で合格した3人が大賞として表彰された。

このうち、西尾市出身で横浜在住の鈴木慈子さん(38)は「歴史が好きで受験しました。満点で合格できてうれしい」と喜んでいた。

検定は全国から717人が受験した。70点以上の合格者は564人で、合格率は78.7%だった。

表彰式では最高齢で合格した85歳の男性と最年少の小学4年生6人も招かれ、特別賞が贈られた。

表彰式に先立ち、徳川宗家第18代当主で徳川記念財団理事長の徳川恒孝さんの記念講演があった。

徳川理事長は「家康公検定が実施され、徳川家としてうれしい。4年、5年と続けていただき、岡崎や家康のことに思いを巡らせてほしい」と話した。

続き(二択問題:徳川第6代将軍は? 他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 12:36 | 歴史

2010年12月11日

勘合貿易とは?

足利義満創建の「鹿苑院」跡か 京都で遺構発見 (朝日新聞より)

室町幕府3代将軍・足利義満(1358〜1408)が創建した「鹿苑院(ろくおんいん)」の遺構が、同志社大の今出川キャンパス(京都市上京区)で見つかった。

建物は江戸時代の古地図に記されていたが、研究者は「存在が初めて裏付けられた」と説明する。同大が24日、発表した。

同大によると、鹿苑院は大学に隣接する相国寺(しょうこくじ)の塔頭(たっちゅう)として、義満が1383(永徳3)年に創建した。

義満の禅の修行場に使われ、当時の有力な禅寺「京都五山」(天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺)を統括する役割も担ったとされる。

今回、建物の柱を支える「根固石(ねがためいし)」を6カ所で確認。

それぞれ拳大の石が直径約1メートルの円状に敷き詰められており、鹿苑院の仏堂跡とみられる。周辺からは、器の底に「鹿」と書かれた瀬戸焼も見つかった。

その形から14世紀末ごろの製作とみられ、鹿苑院の創建時期とも一致。鹿苑院が当時からこの地にあった可能性が高まったという。

同大はキャンパス整備に伴う発掘調査を8月から始め、来年3月まで続ける。

鹿苑院には義満の墓もあったと文献にあり、同大歴史資料館の浜中邦弘講師は「戦乱で破壊されていなければ、今後の調査で墓石の発見も期待できる」と話す。

続き(二択問題:中国で、明に代わって17世紀に成立した国は?他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 12:14 | 歴史

2010年12月04日

平安京に都を移した天皇は?

平安貴族彩る金の糸 平等院鳳凰堂で発見の織物(朝日新聞より)

世界遺産の平等院鳳凰(ほうおう)堂(京都府宇治市)にある国宝の本尊付近で2004年に見つかった織物片の両面に金箔(きんぱく)を張った紙の糸が織り込まれていることが分かった。

平等院が11日、発表した。

10〜12世紀に中国・宋で作られて輸入されたきらびやかな織物だった可能性が高く、専門家は「織物の歴史を知る上で貴重な資料だ」と話している。

織物片は04年から平等院の本尊などを運び出して手入れした「平成の大修理」の際、本尊・阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)の台座(直径約2.7メートル)内部のすき間から、ガラス玉などとともに発見された。

日本女子大の小笠原小枝教授(染織史)らが調査していた。

続き(二択問題:都を平城京に移されたのは、いつ? 他)は、こちらから。
posted by 高校受験:社会対策(応援)委員会 at 15:19 | 歴史
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。